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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

マズローの本に「承認の欲求」って訳語は出てきますよ? 他

ホッテントリで振り返る、「承認欲求」論の歴史(06~08年) - 長椅子と本棚
「承認欲求」をめぐる混乱はなぜ生じたのか?:「承認」概念の三つの起源 - 長椅子と本棚
 
 憶測に基づいてあれこれ書かれることについて、一回目はスルーしよう、良い部分だけを捉えてトラックバックをしようと思ったけれど、二回目が特に気になって、整理、あるいは弁明しておきたい願望を感じたので、書いてみる。
 

 シロクマさんの記事では、「承認欲求がない」ということと「対人関係が必要ない」ということを重ねて論じた箇所があります。ここでは「他者との交流」と「承認」がほぼ同義に用いられています。しかし同じ記事に、「職場や社会で承認欲求を満たしていこうというエネルギーが本人を飛躍させていく」という表現もあります。こちらでは社会的な評価のようなものを指して「承認」と言われているのではないかと思います。

http://d.hatena.ne.jp/dergeist/20140108/1389195577

 私はマズローの原義にある程度忠実な(ただし、実際には背景にコフート自己心理学の鏡映自己対象体験を意識しながら)ほぼ一環したニュアンスで承認欲求という語彙を使い続けてきました。このような、ニュアンスの分溜をやったつもりはありません。そもそも、後者の「職場や社会で承認欲求を充たしていく」ということを社会的評価と殊更に意識しているわけではないつもりです。マズローという、モチベーションの心理学な世界においては、いっぱし扱いされるということ・一目置かれること・「がんばったね」と言ってもらえること・「お前は班長に昇進だ!」されること、このあたりは比較的似通ったものではないでしょうか。もちろん、ここに列挙したものの社会的評価の内実は、だいぶ違います(特に班長に昇進、あたりは)。しかし、モチベーションの分類という点では一律に承認欲求に分類可能なものです。私はそのあたりについて区別した意図を持って使っていないことは断っておきます。
 
 
 それと、
 「承認欲求」という言葉の歴史的起源をさぐる - Togetterまとめ
 
 上記togetter関連について。このtogetterを読んだ時に感じたのは「はてなで承認欲求がアーダコーダ」言われていた時、政治哲学方面の「承認」って言葉を使った話者ってそんなにいたっけ?って事です。正直、これは違和感があった。ネット上の承認欲求って言葉が一人歩きしていた際に、政治哲学用語として引用した類例って、数をみかけなかったような気がします*1
 
 例外が、挙げていらっしゃるThirさんの文章とdankogaiさんの応答でしたが、Thirさんのあれは、あれほどに硬い筆致だったのに、「承認」という言葉の典拠を示してなかった。あの人が政治哲学方面から引用なさったとしたら、きちんとお書きになるような気がするのですが、それはさておいて、Thirさんが仮に政治哲学方面の「承認」を語っていたのだとしても、この二人ぐらいだったのではないか、という風に記憶しているのです。もし記憶違いだったらすいません。そして2010年以降に復活した承認欲求ネットスラング問題に、政治哲学系のニュアンスってあんまり溶け込んでいないんじゃないのか、という疑問があります。承認欲求という、この欲求の部分がかなり重要なスラングとして現在の承認欲求って言葉があるのではないでしょうか。承認欲求という言葉があるから、承認不安とか、承認を巡る病、といった語彙が表裏一体的に流通するように私には思えるのでした。
 
 で、最後一点。

このマズローのesteem概念ですが、少し調べると、おもしろいことがわかります。それは、心理学において、「承認」はesteemという言葉に対応する定訳ではない、ということです。たとえば、丸善から出ている『応用心理学事典』(日本応用心理学会編、2007年)では、マズローのesteemに「自己評価・自己尊重」という訳語を当てています(板津裕己「自己実現の欲求」、p. 64)。また、原典を確認できなかったのですが、シロクマ氏の引用から推測すると、マズローの著書『人間性の心理学』の邦訳でも、「自尊心」という訳語が当てられているようです。

http://d.hatena.ne.jp/dergeist/20140202/1391355134

 えっと、わざわざtumblrに原典のコピーまで貼り付けてリンクも貼っておいたんですが……。
 
 こちらマズローの『人間性の心理学』の承認欲求について説明が行われている箇所の書き写しです。ちゃんと承認の欲求って書いてあります。訳者が悪いというなら訳者が悪いのかもしれませんが、まあそれは置いておいて、とにかくも承認の欲求という言葉はハッキリと書かれています。。とりあえず、シロクマ氏の引用から「自尊心という訳語が当てられている」と推測なさるなら、もうちょっと細かくチェックして欲しかったです。
 
 なお、承認の欲求、の項目を読み進めると、「自尊心の欲求」という語彙や、「自尊心」という語彙も登場します。訳者自身、esteemという言葉をあっちこっちに翻訳していたのかもしれません。ただ、これじゃあまるでシロクマ氏が勝手に承認欲求という造語をつくったかのようにも読み取れてしまう文章だったので、私は弁明しておいたほうがいいかなと思い、ここに書き記しておくことにしました。承認の欲求という言葉が、少なくともマズローの訳書に出てきます。
 
 

*1:そりゃネットの外は別ですよ?でも、文脈的に、これってネットにおける使用類例の話、ですよね?

シロクマ(熊代亨)の著書