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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

「話し言葉」がアーカイブ化されて、日常が変わっていく

 
 痛いニュース(ノ∀`) : 交際女性にLINEで「死ねよ」→女性自殺 自殺教唆の疑いで慶応大生逮捕 - ライブドアブログ
 
 人間関係が錯綜している事件だけど、有罪になれば結構大きな曲がり角になると思う。twitter上での名誉毀損発言に対する風向きも相まって、いよいよオンラインコミュニケーションの文脈が変わってきた、と感じる。
 
 そしてオンラインコミュニケーションがこれほど日常に染みこんでいることを思うと……これは日常が変わる、ということでもある。井戸端会議の悪口も、痴話喧嘩のなかで口から出た「死んじまえ」も、SNSやLINEといったオンライン上でやりとりされるようになり、アーカイブ化されてしまえば、そのまま「証拠」となる。
 
 もちろん、ネットのこうした性質を心得ていれば、仲間内のSNSやLINEでも迂闊な事は書かないだろう。とはいえ、オンラインコミュニケーションがここまで広く、ここまでカジュアルに忍び寄っているのだから、迂闊な「話し言葉」をオンラインに書き込む人はこれからも後を絶たないだろう。自分の書き込みが「突然白昼のもとに晒される」という可能性が想像できない人も、まだまだ沢山いるだろうし、よしんば想像出来ても、徹底している人はたぶんあまりいない。
 
 で、その日常に近付いてきたオンラインコミュニケーションが、同時に「証拠」とみなされる度合いが高くなってしまったわけだ。アーカイブの文脈が、「便所の落書き」から「証言の記録」に近付いた、とも言える。発言がアーカイブ化される性質自体は、十年前のネットも、現在のネットもたいして変わりない。けれども文脈が変わったことによって、「死ね」をはじめ、ひとつひとつの発言がアングラなものではなくパブリックに近いものになって、世間が放っておかなくなりはじめた。
 
 誰もが取り扱うようになったにも関わらず――いや、誰もが取り扱うようになったからこそ――インターネットは、「万人の万人に対するメディア」としての性質をいよいよ露わにしはじめた。
 
 「万人の万人に対するメディア」と化したインターネットを理解しない者にとって、とてもやりにくく、危ない時代になったと言える。まあ、だからこそアーカイブの残らないネットサービスが出てきているんだろうけれど。度重なる炎上騒ぎも、今回の一件も、ある面では自業自得だが、ある面では社会変化の犠牲者とも言えるかもしれない。有史以来、話し言葉がこれほどアーカイブ化されるようになった時代も、話言葉がメディアとしての検閲合戦を受けるようになったことも、たぶん無いのだから。
 
 [関連]:ネットの社会化、「死にたい」の社会化 - シロクマの屑籠
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シロクマ(熊代亨)の著書