シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

伊豆の海インターネット

 
 夏の太陽が眩しくて、伊豆の海に行って参りました。朗らかな人々で込み合った海水浴場は苦手なので、どこか、人気の少ない場所まで行きたかったのです。
 
 投宿し、準備を整えていざ太平洋へ。海の水は想像していたよりずっと冷たく、プール慣れした身体が引き締まるような思いがしました。
 
 まず、出迎えてくれたのは、無数に漂うウリクラゲ達でした。小さく透明な身体は、生きているのか死んでいるのか傍目にはわかりませんが、太陽を透かしてみると七色に波打っていて、どうやら生きていることがわかります。無尽蔵とも思える透明で無害なウリクラゲ達を搔き分けるように泳ぎ進むのが、夏伊豆の海水浴というものです。
 
 海岸線を少し離れると、砂の海底には怠惰なナマコ達が思い思いの姿勢で寝そべっていました。何も考えず、いつまでも海底に寝そべっている連中の、内臓を引きずり出してこのわたにするも良し、ぶつ切りにして酢の物にするも良し。狩りの欲求がいやがうえにも高まりましたが、漁協さんに叱られるかもしれないと思って、そっとブラウザを閉じました。
 
 水草の生えた岩場に到着してからが本番。
 
 水草に隠れたカサゴ、フグ、ベラも素敵ですが、何百匹も集まった小魚達と遊ぶのが伊豆の醍醐味ではないでしょうか。赤や青、黄色の魚達の合間を漂い、チョウチョウウオを追いかけ、拍動するアオリイカに感動するうちに、つい息が苦しくなってしまいます。酸素欠乏症にはなりたくないので、節度を守って潜ります。ごつごつとした岩肌には、赤紫色のケヤリムシが花を咲かせ、保護色を恃みにしたサザエ達が海草を食べていました。壷焼きにして良し、刺身にして良し。狩りの欲求がいやがうえにも高まりましたが、漁協さんに叱られるかもしれないと思って、そっとブラウザを閉じました。
 
 それにしても、伊豆の海底で威張り散らしているガンガゼ共の嫌らしいこと。
 
 ウニとたいして変わらないのに、人間が食べる場所なんて無いし、棘は突き刺さるほど凶暴。これが、日本海のウニだったら、踏んでもそんなに痛くないのですが、ガンガゼを素足で踏んだら大怪我は確実です。伊豆の海インターネットを素足で歩くなんてとんでもない!マリンシューズは必須アイテムです。ヤスで突き刺し、臓腑を撒き散らしたら小魚達が集まってきて、楽しそうについばんでいました。
 
 そうこうしているうちに、凪いでいた海が少し波立って来ました。そろそろ海をあがろうと思った矢先、伊豆の海インターネットの主に出会ってしまいました。全長1メートルはゆうに超える、立派なウツボです。気付くのが遅かったせいか、奴は目の前にいて、キシャーと威嚇してきました。
 
 ウツボは釣りの外道、バトルになれば凶暴な魚ですが、皮に独特の風味があって、たたきや唐揚げは格別です。ヤスで一突きすれば倒せるかもしれない――思わず唾液がこみ上げてきましたが、漁協さんに叱られるかもしれないと思って、そっとブラウザを閉じました*1
 
 宿に戻り、冷蔵庫で冷やしていたシャンパーニュをあけました。めくるめく海の体験を思い出しながら、苦味と酸っぱ味の利いた葡萄酒を呑んでいると、浮世の悩みがどうでも良いように思われます。きっと竜宮城に逝ってしまった浦島太郎も、こんな心持ちでネットサーフィンしたのでしょう。
 
 そうこうするうちに、夕食の時間になりました。齢八十歳とおぼおしき仲居さんが運んできた舟盛りには、海で見かけた連中がズラリと並んでいました。新鮮なうちにいただきましょう。
 
 日本にも、まだまだ楽園のような海があるのですね。素晴らしい夏休みとなりました。
 

*1:注:ウツボは海の危険生物です。出会ったらよだれなんて垂らしてないで即座に逃げてください。

シロクマ(熊代亨)の著書