読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

ブログとヌード

 
 
 よく、女性アイドルや女優について「どこまで脱ぐか」「体当たりの演技」みたいな話題が出てくる。脱ぐことによって注目度が上がったり、人気が変化したりするけれども、タレントイメージが変わるおそれもあるから、「ただ脱げば良い」ってものではない……といった話を耳にもする。
 
 たぶんブログも同じだ。いや、ニコ生主とかユーチューバ―も同じかもしれない。“脱げば”注目度があがる。人気も出るのかもしれない。だけど、脱いだことによって失われるもの・変質するものもある。だから「ただ脱げば良い」ってものとは到底考えられない。
 
 いちおう断っておくが、ここでいう“脱ぐ”とは服を脱いだ姿をネットに曝すっていう意味ではなく、比喩としての“脱ぐ”だ。“脱ぐ”に含まれるものには、プライバシーが含まれるかもしれないし、偏った性癖が含まれるかもしれないし、ときには政治信条も含まれるかもしれない。ただ、間違いないのは、
 
 1.“脱ぐ”ことによって人気を稼ぐ方法は沢山ある
 2.だけど“脱ぐ”手法を乱用すれば、そのアカウントのアカウントイメージが変化してしまう
 3.一度脱いでしまったら、誰かがそれを記憶し続ける
 
 ということ、だ。
 
 だからなんにも考えずに“脱ぐ”手法を繰り返していると、自分でも気づかなかった方向にアカウントイメージが変化してしまって、自分自身でもコントロールが困難に陥ってしまうことがあり得る。少なくともインターネットの過去事例を振り返る限り、“脱いで脱いで脱ぎまくって”どうしようもなくなってしまったアカウントというのはいる。
 
 “脱いで”注目を集める手法は、PVや承認欲求がどうしても欲しい時には、魅力的な手法に違いない。妙齢の女性に限らず、おじさんやおばさんでさえ、“狙って脱げば”十分すぎるほど効果が出る。【炎上→即PV】な昨今は尚更だ。だからこの話は、アカウントに注目を集めたがっている老若男女すべてに適用できる。
 
 ただし、“脱いで脱いで脱ぎまくって”注目を集めようとする人よ、やり過ぎるのはやめたほうがいい、やるなら計画的に、せいぜいパンチラぐらいに留めておきなさいな。これから先ずっと「私は全裸告白アカウントとして天寿を全うする覚悟です!」というのでない限り、それはやめたほうがいいし、仮にそのつもりがあるとしても、あれこれの危険をはらんでいることを予測しておいて欲しい。
 
 “脱ぐ”に限らず、人前に何かを表出するという行為・記録媒体上に投げかける行為は、必ず未来を産み出す一因子になっていく。だから本当は、ネットのような、誰彼かまわず記録し、露出し、読み取るメディアというのは、人の手に余る代物なのかもしれない。それでも私達は、twitterやブログやSNSを手放せず、“脱ぐか”“脱がないか”の決定を不断に迫られて、懲りるところが無い。ネットで調子こいているアカウントは、私も含め、なんと愚かなのだろう!
 

シロクマ(熊代亨)の著書