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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

たくさんのブロガーやブックマーカーに育ててもらった

ブロゴスフィア

 
はてならしく、極めてはてならしく - novtanの日常
 
 reply&自己開陳ありがとうございました。こういう応酬って、往時のはてな村ブロゴスフィアを思い出しますね。ほっこりしました。
 
 コミュニケーションツールとしてのブログのいいところ(のひとつ)は、ブロガーとブロガーが言葉を交わしながら思索できることだと思い出しました。かつての私は、そういうコミュニケーションにもっと重きを置いてブログを書いていたような気がします。
 

僕が当時も今も変わらずはてブがつくことを切望しているのは、ひとえに「反応が見たい」からに尽きます。でもそれは、ただただ大量のアクセスが欲しいというのとイコールではありません。

 はてなブロゴスフィアの場合、ブロガー同士だけでなく、「顔見知りの常連ブックマーカーとのやりとりも成立する」のが嬉しいですね*1はてなブックマークのコメントは私も一定頻度で読んでいますし、顔見知り閾値を超えたブックマーカーのコメントは楽しみにしています。
 
 文字制限が厳しいにも関わらず、ブックマーカー達はきちんと言葉を結晶化し投げてよこしてきます。思慮深い人・ポリシーのしっかりした人・機知に富んだ人・ダジャレに励む人――タイプはいろいろですが、賛否に関係なく読んでおきたいブックマーカーがたくさんいます。“はてなブックマークお気に入り”を覗くのも良いですが、「誰がブックマークしているのかわからないホットエントリのブックマーク模様をとりあえず覗いてみる」のはもっと面白いし、「誰がどんなブックマークをつけていそうか」を想像するのも好きです。
 
 はてなブロゴスフィアの“特徴”って、「アイコンと名前が一致するアカウント同士が、はてなブックマークやブログのトラックバックを介して繋がること」だと私は思っています。“長所”と書かなかったのは“短所”を孕んでいるからですが、少なくとも私は、こういうゲマインシャフト的な雰囲気を体感できることを嬉しく感じます。余所では成立しにくい知識や見解の交換会がここでなら成立する、ってのはあるでしょうし。
 
 私は保守的で閉鎖的な人間なので、記憶に無いアカウントの言葉はあまりちゃんと読んでいません。こうなった理由は、テキストサイト時代のせいかもしれず、twitterのせいかもしれません。いずれにせよ、賛意であれ、批判や非難であれ、知らないひとの言うことに一喜一憂していたらきりがありません。
 
 そんな私でも、馴染み深いアカウントに注意されたら我が身を省みますし、賛意を表明されたら素直に喜びます。顔見知りのブロガーや常連ブックマーカーの意見は、やっぱり気になるものです*2。ありがたい事に、私は はてなブロゴスフィアのブロガーやブックマーカーのなかに「この人の言葉は聞いておこう」的な人物をたくさん見出しました。私は、顔見知りコミュニティに包まれながらブログゴッコできる幸運をアーキテクチャの神に感謝せずにいられません。
 
 もし、はてなブロゴスフィアに所属できていなかったら、たぶん私はもっと独善的で訂正不能なブロガーになって、愚かな末路を辿ったでしょう。そうならなかったのは、はてな村のお陰であり、「この人には一目置いておこう」と思えるような顔見知りアカウントの皆さんのお陰だと思っています。
 
昔、id:manameさんが「ハックルベリーはわしが育てた」的発言をしてらっしゃったけれど、私の場合、さしずめ「シロクマははてな村が育てた」ではないでしょうか。今より文章が下手で、上から目線で、世間知らずだった私を はてなブロゴスフィアは鍛えてくださった。そして私のような人間でも修練が成立したのは、あの「アイコンと名前が一致する一群のアカウント達」に一定の信頼と親しさを感じ取れたからだと思うのです。
 
 今、はてな村の主観的な人物評を書き綴っているのも、そうした私のブログライフのかけがえのなかった成分を記憶にとどめておきたい、と思い立ったからです。楽しいことも嫌なことも色々あったけれど、やはり私はこのブロゴスフィアが好きです。とりあえず、無理のない範囲で書き綴っていきたいと思います。あと何人ぐらい書けるかわかりませんが。
 
 ああそう、もののついでに書いちゃいますが、「はてな村を思い出す会」「はてなブロゴスフィア意見交換会」みたいなオフ会、やりたいですね。たぶん、今やると盛り上がるような気がします。
 
 
 【「いつまでも あると思うな コミュニティ」】
 
 私は今でも、はてな村的なもの・はてなブロゴスフィア的なものに執着しているし、それに即したブログライフを(このように)満喫しています。でも、こういう交流、こういうコミュニティは永遠不変のものではなく、時とともに移ろい、やがて胡散霧消してしまうものでしょう。私自身も、将来どうなっているかわかったものではなく、最近、ちょっと思うんですよ。「あとどれぐらい、自分はブログを続けていられるのかな」って。
 
 「いつまでも あると思うな コミュニティ」
 
 だから私は、ブロゴスフィアの一瞬一瞬をしっかり楽しみ、記憶に刻み付けておきたいと思っています。永遠ならざるコミュニティに、乾杯。
 

*1:ちなみに私が考えるところの「議論」とは、1.二者間で文章を往復させるだけでなく、2.人物Aの記述に対し人物Bが何かを表明し、それが不特定多数に曝されている状態 でも「議論が成った」と捉えています。

*2:もちろん、気になる度合いは信頼度や友好度や直前までの文脈といった諸関数によって補正がかかっているでしょう。そういうブレは、関係性の文脈という意味において贈り物なので、現在の私の場合、無理に躱そうとはせず、むしろ執着のまま揺れ動いていこうと思っています

シロクマ(熊代亨)の著書