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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

「はてなブログがまじょをうむなら みんなしぬしか ないじゃない」

執着

 
 はてなブログのシステムは残酷だ!! - はてなブログを毎日書いていたら10Kg痩せました!
 
 
 いやいや、ここ最近のはてなブログの、お立ち台機能、恐ろしいですよね。はてなダイアリー時代にもその傾向はありましたが、システムが洗練されたせいか、前より簡単に「瞬間湯沸かし器のようなホッテントリ」をゲットできるようになっている気がします。
 
 ただ、これは運営が悪いというより、ユーザー側もそれを望んでいるんでしょうね。万雷の拍手に包まれたい・アフィリエイトを回転させたい・有名になりたい……そういう執着に応えるべく、(株)はてなも企業努力なさったのでしょう。そういう執着も無いのに、たまたまはてなブログを始めた人だけが「このシステムマジクソだわー」とぼやく資格があるような。さんざん欲得を期待しておいて、その代償や副作用について顧慮しないってのは、ダブルスタンダードとは言わないにしても、浅慮だと思います。「飛んで火にいる夏のブロガー」は、それなり耐火装備を備えるか、燃える覚悟を決め込むか、とにかく危険地帯に飛び込む自覚はあってもいいと思うんですよね。数あるブログサービスのなかから、わざわざ揮発性の高いサービスを選んだ人の場合は。
 
 「どんな希望も、それが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる。やがてそこから災厄が生じるのは当然の節理。」
 
 そのあたりの是非はさておいて、はてなブログがブロガーの自意識に強く干渉するシステムになっているのは事実です。これって、じつに効果的な自意識インフレシステムですよね。虚栄心にせよ、栄達可能性にせよ、希望を膨らませるスピードは迅速です。どれだけでも希望を大きくしても構わないし、自意識を肥大化させたって構わない――けれども、希望を希望のままの姿でキープするには強い力が求められます。ところが、こういう心理的なシステム周りは(株)はてなの契約書にも載っていないので、ゾンビブロガーになってしまった後で嘆く人もいるようです。ちゃんと質問しなかったのがいけないのかもしれませんが。
 
 「この国では、成長途中の女性のことを、少女って呼ぶんだろう?だったら、やがて魔女になるはてなユーザーのことは、魔法少女と呼ぶべきだよね。」
 
 インターネット全体もそうですし、ニコニコ生放送なんかも割とそうだと思うんですが、はてなブログもまた、希望と絶望の人間模様が交錯していて、私のような人間にとっては実に勉強になります。人が欲望に目覚め、自意識を膨らませ、欲望の大きさによって破綻していく――なかには欲望との折り合いをつけてホメオスタシスを保っていく人もいるし、稀有な才能によって奇跡を起こす人もいる。
 
 「彼女たちを裏切ったのは僕たちではなく、むしろ自分自身の祈りだよ」
 
 どれも、面白いですよね。観ているだけでゾクゾクします。はてなブログという舞台、インターネットという舞台で、たくさんの魔女の卵が、ソウルジェムを濁らせながら今日も明日も戦っているのです。誰と戦っているのでしょう?ライバルと戦っているようにみえる場面でさえ、実質的に彼/彼女らが戦っているのは、自分自身の希望、執着です。執着と自意識のサイズが釣り合わない時、ソウルジェムは一気に濁りはじめるのですから、自意識の損切りが出来るような人にはネットバトルの帰趨など大した問題とはなりません。要するに、いちばん大切なのは、自分自身のこころ。
 
 魔法少女としての潜在力はね、背負い込んだ因果の量で決まってくる」
 
 もちろん私だけがメタの高みに立っているわけでなく、ブロガーとしての私は当事者の一人ですから、この問題は他人事ではありません。グリーフシードでソウルジェムを浄化しながら、ゾンビブロガーとしてはりきって参りたいと思います。
 
 

シロクマ(熊代亨)の著書