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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

魔法少女は注連縄で隔離しておくべきか

 
 どうでもいいことだけど。
 
 まどかマギカの魔法少女と魔女のギミックは、ある部分でとても東洋めいているというか、和風テイストで、これは一神教圏ではまず出ないアイデアのような気がして、「おおっ!!まどかマギカクールジャパン!」と譫言のようなことが言いたくなってきた。よく考えてみれば[魔法少女→魔女化][世界を変える力を持った希望→人を呪う祟りの化身]って、これって、日本の神様そのまんまじゃないか!
  
 こういう時は、「俺様が面白いことを考えたよー」とドヤ顔する前に、自分より先に、似たような事を考えた人を見つけるのが先決だ。
 
 google検索[魔法少女][祟り][崇徳天皇]
 
 ブッブー!!あまり良い検索結果は得られず。かろうじて、以下のurlがかすっているような気がする。
 http://www.ippongi.com/2011/05/10/madoka-4/
 
 では、気を取り直して、google cast!!
 今度は[魔法少女][祟り][菅原道真]
 
 ビンゴ!今度はいいページが見つかった!
 
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』 幸せを感じる秘密 :映画のブログ
 
 ちょっと長いけれど、面白いことが書いてあるので引用する。 

物語の中盤で明らかになるように、魔女とは魔法少女のなれの果てだ。
 人々の幸せを願い、希望を胸に魔法少女になった彼女たちは、人から尊敬を集めてもおかしくない崇高な精神の持ち主だ。
 だが、彼女たちは人々のために戦いながら、ままならない現実を前に少しずつ絶望を溜め込んで、他者を呪うようになっていく。それがピークに達したとき、愛らしい魔法少女は消滅し、おぞましい魔女が出現するのだ。
 
 私はこの伝統的な設定に驚いた。これは怨霊のことではないか。
 唯一絶対の神を持たない日本神話には、絶対神に対抗するような悪魔も存在しない。代わって日本人が恐れてきたのは怨霊だ。
 怨霊がどういうものかは、その代表例を見れば判りやすい。日本三大怨霊といえば、菅原道真(903年没)、平将門(940年没)、崇徳上皇(1164年没)が挙げられるように、怨霊とはそもそも人間――しかも立派な人間なのである。
 
 菅原道真は政治改革に邁進した政府高官だし、平将門は新国家を建設するほどに人望を集めた英傑だ。崇徳上皇は日本の最高権威である天皇を20年、上皇を22年も務めた人物だ。いずれも一般庶民とは段違いの人物のはずだ。
 ところが彼らは政争や戦争に敗れ、いずれも非業の死を遂げてしまう。
 すると菅原道真は怨霊となって政敵を祟り、病気や落雷で殺してしまった。平将門は天変地異を起こし、崇徳上皇も大火を起こしたり皇族を次々に殺したりした。

 本来、相次ぐ災害や死亡事件と英傑の死とは関係ないはずだが、私たちは何ごとも因果関係で説明したがる。当時の人々にとって、たび重なる不幸は非業の死により怨霊と化した者の祟りでしか説明できなかったのだ。
 怨霊の力を鎮めようと、人々は鎮魂のメカニズムを構築した。それが北野天満宮神田明神であり、今でも私たちはこれらの神社に足を運び、災いが起こらないように祈りを捧げている。
 これはあたかも、魔法少女が魔女と戦い、呪いがまき散らされないようにしているようなものだ。

http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-369.html

 
 こうした魔女=怨霊的アングルをいやがうえにも面白くしているのは、11話、ワルプルギスの夜が出現した時に気象庁?人が叫んでいた「スーパーセルです!!」というやつだ。つまり魔女は少なくとも表面的には天変地異にみえる。あるいは非業の死や戦争といったかたちで。そういえば、4話の集団自殺の事件も、2話の単独自殺の件も、これらは現代的に何と説明されるかは不明だけど、怨霊とか物の怪とか、そういう発想に馴染むものだった。
 
 さあ、おいしい妄想の下駄が履けた!ということで、さあ、どっち行こうかな! 魔法少女vs陰陽師か?それとも、魔法少女菅原道真か?魔法少女平将門だっていけるか?奈須きのこ的フレーバーをぶっかけた二次創作とか、悪魔合体まぜるな危険が色々できそうではある。どちらにしても、魔法少女には注連縄が効くような気がしてきた。あるいはワルプルギスの夜には、LV20のクレリックのターンアンデッドが効くんじゃないか。
 
 馬鹿みたい。

シロクマ(熊代亨)の著書