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シロクマの粘土板

本拠地は「シロクマの屑籠」です。こちらは現時点では別館扱いです。

試行錯誤の必要条件

下書き

 
 世の中には、試行錯誤が上手い人もいれば下手な人もいる。
 
 1.センター試験の問題解答や試験英語のような、再現性が高く正解が明瞭な領域ですら、PDCAサイクルが覚束ない人はかなりいる。このような分野は、模倣と暗記⇒ミスと無理解の洗い出し⇒再模倣および教師他への質問⇒模倣と暗記 を繰り返すような試行錯誤で概ね対処できるけれども、あくまで原理的な話で、実行できない人のほうが多い。
 
 2.同様のロジックをファッションやコミュニケーションの領域でやろうとする場合には、さらなる困難が伴う。これらは万人に共通した最適解が存在しない。正解が予め与えられていないからこそ、こうした分野の試行錯誤は、まず「自分自身に即した暫定的正解」を設定する具合が重要になってくる。ミスと無理解をただ洗い出そうとするだけでなく、そもそも現在の自分にとって何が不正解に近く何が正解に近いのかを判断できなければうまく回らない。
 
 このあたりを踏まえて、試行錯誤を成功裏に成立させるための主要条件について言語化を試みる。
 
 
 
・問題を洗い出す能力
 1.のようにシンプルな試行錯誤に際しては必須。自分が知らないこと・出来ないことを把握できなければ、知っていること・出来ることを増やすのは難しい。正解の定まった分野・(静的な)知識をできるだけ習得するよう求められる分野では、自分が知らないことを把握し、知っている状態に改変することが学習の基礎になるし、また、それしかない。ときには「知らないことのほうが多すぎる」場合があるかもしれないが、その場合、知らないと気づいたことを全部憶えるまでやるか、それを無理なら(いったん)目標を下方修正しなければならない。
 
 数学の問題集やコンピュータゲームの解法のような領域でも、自分がどのような状況・パターンに対処できないのか把握し、そこを埋めたり代替したりしたほうが、既に知っていること・出来ることを何度もなぞらえるより値打ちがある。2.のようなややこしい領域でも、暫定的な目標を定める材料として、問題や欠陥を見定める能力はあればあるほど良い。
 
 
・失敗を教訓にする能力
 上記とだいたい同じだがこちらで。やらかした失敗から問題点を洗い出し、教訓に転換する能力はきわめて重要だが、自分が失敗したという事実を認知したり精査したりするのが困難な人が意外と存在する(全人口の2~3割ぐらい?もっと?)。そのような人は、自分の失敗を認知しなくて済む状況下でしか試行錯誤できないという、大きなハンディを抱えている。
 
 
・目標を選定する能力
 一次方程式も理解していない人が微分積分に挑戦しても無茶なように、いきなり高すぎる目標を設定してもうまくいかない。自分の身の丈や状況を考慮しない試行錯誤は失敗する。大望を抱くのは良いとしても、ただ大望を抱いているだけではダメで、現在の自分に即した暫定目標を小刻みに定めなければ一歩も前には進めない。
 
 この「暫定目標の選定」は1.でも問われるけれども2.の領域では一層重要になる。なぜなら、オーダーメードで個別性を強く考慮しなければならない領域では、問題集にありがちな「ここは初心者」「ここから中級者」的な線引きが役立たないからだ。「何を真っ先に(そしてどのぐらい)解決するか」に関して、判断力がどうしたって問われてしまい、その判断が悪ければ試行錯誤の効率は著しく低下する。
 
 ファッションのような「自分と自分のライフスタイルに即しているか否か」が問われる領域、正解表の存在しない領域では、単に暫定目標を選ぶだけでなく、自分自身の理想をどの方向性に据え置くのかも問われる。自分自身と齟齬を来すファッションスタイルを目指した場合は、たとえ小さな試行錯誤に成功してファッションのノウハウが向上したとしても、今度はファッションスタイルと自分自身とのコンフリクトによって種々の問題が生じることにもなる。個々のタクティクス(戦術)が適切でも全体のストラテジー(戦略)が誤っていれば良い事は無い。コミュニケーションにおいても同様で、自分にとってやりやすそうなコミュニケーションのスタイルとは何なのか・自分自身の幸福観や人生観と矛盾しないスタイルはどうなのかを考慮せずに修練を積んだ場合は、スキルアップの効率性が落ちるだけでなく、かりにスキルアップしたとしても自分自身とコミュニケーションスタイルとの相性が悪くなってしまう可能性がある。
 
 もちろん、自分自身の幸福観や人生観を覆してしまう、という方法もあるが、これは心理的な次元や規範意識の改変を伴うため、かなりの好条件が伴わなければ目指しにくい。本論を逸脱した話になってしまうので、ここでは深く立ち入らない。
 
 
ロールモデルの有無
 必須ではないが、ファッションやコミュニケーションの目標選定にあたっては、自分と共通点があり、リスペクトできるような具体的な“お手本”が存在しているとやりやすい。問題を洗い出すにも向いている。もし、相談できる相手なら知恵を貸してくれることすらある。だから誰かをロールモデルとして見出しやすい人は試行錯誤に際しては有利に働きやすい。逆に、自分だけが偉いと思っていて片端から他人を見下しているような人は、誰もリスペクトしたがらず見習いたいとも思わないので、試行錯誤に際して他者の後ろ姿を参考にできない(ので、それがハンディになる)。
 
 
・問題解決メソッドの決定
 登る山が決まったら、次はどうやって山に登るのか、だ。自分の長所短所を踏まえて、自分ならどういう風にマスターしていくのか?他人からの一方向的なアドバイスは、1.の場合、かなり役に立つが、2.の場合あまりあてにならない。自分自身との共通項が少ない人間からのアドバイスの場合は、どこまで自分に合致するのか気にしておく必要がある。
 
 1.のような暗記で片付く分野の場合は、問題解決メソッドの立ち上げ能力は問題を洗い出す能力とほとんどイコールに近い。問題を洗い出せば、後は覚えるだけだ。
 
 しかし2.の場合、それが難しい。例えば“自分のコミュニケーションのやりかたのうちに、どうやら空気を読めていない部分があるらしい”と気づいたからといって、ただそれだけでは、何が問題解決として最適なのか意外なほどわからない。
 
 “どうやら空気を読めていない部分があるらしい”と自覚したとしても、その内実は多岐にわたる。おおまかに二分しても、A他人の思惑に鈍感である場合(=情報収集能力が弱い)場合もあれば、B自分の発言の選択や語調のチューニングに問題がある(アウトプット制御の問題)場合もある。もちろんAB両方が問題の人だっているだろう。他人の思惑を表情等から読み取る力は十分だけど、それに反応する自分自身のアウトプットに一種の粗雑さがある人の場合は、他人の思惑を読みとろうと頑張るばかりでは、絶対に問題は解決しない。むしろ自分自身のアウトプットのぞんざいな部分を精査し、それに修正をかけるような要素を伴っていなければ上手くいかない。
 
 このことからもわかるように、これは問題の洗い出し能力の精度に多くを因っていて、問題の洗い出し精度の低さは問題解決メソッドの精度の低さに直結する。問題を立てる能力の高さは、問題解決能力の高さの十分条件ではないが必要条件だ。
 
 
・即物的な実行能力
 良いメソッドを見出しても、それを実行できなければ意味が無い。
 
 即物的なところでは、身体的なバイタリティや経済力が必要水準をクリアしていなければ、試行錯誤は成立しない。試行錯誤にはそれなりの時間がかかるので、自分自身の体力や経済力の消耗をモニタし、見通しや計算を立てながら実行しなければ続かない。それこそ昔の“脱オタクファッション”にありがちだったように、ファッション分野に経済力を単回投下し、それっきり何もしないような行動は、試行錯誤によるマスタリーから最も遠い。スポーツやコミュニケーションだって、一日だけでは大したことは身につかない。自分の体力や経済力を逸脱しない範囲で・一定の期間持続できなければ何も変わらないし何もわからない。
 
 
・精神的・心理的な実行能力
 モチベーションや集中力を維持しなければ試行錯誤は成立しないわけで、自分自身の精神的な実行能力も重要になる。試行錯誤の背景となる心身のコンディション――これには睡眠時間のような中枢神経系に休息を与える時間・娯楽のような心的領域に息抜きをもたらす要素・好奇心や承認欲求といったモチベーションの要素も含む――がどうであるかが問われるのは言うまでもない。心身のコンディションが低下している時には、試行錯誤の質は下がる。高度な試行錯誤に挑む時ほど、高度な精神的な実行能力が求められる。コンディションが万全でない時に“未踏の高峰”を登ろうとしてはいけない。
 
 そうでなくても、性格的な偏りや長所短所によって、問題点の気づきやすさ/気づきにくさも効果的な手法もまちまちなので、そうした自分自身の精神的な実行能力を踏まえた計画策定が可能か否かが重要になってくる。一般に、人間の性格や精神的特徴に長所ばかり揃っているという事は無く、かならずムラがある*1。そうしたムラを把握できている度合いが高い者ほど、自分に即した試行錯誤がやりやすく、把握できていない者ほどやりにくい。してみれば、ある特定の領域で防衛機制が強固な人は、その領域で自らを省みることが困難なぶん、効果的な試行錯誤には辿り付きにくい、ということにではある。
 
 



 
 試行錯誤の必要条件を言語化すると、以上のように長ったらしい要素とプロセスの連なりになってしまうが、実際に試行錯誤している人達は、ここで言語化したすべてが無意識のうちに関連づけながら実行している。少なくとも、試行錯誤が成立している場合はそうだと言える。ただし、こうして書き出してみればわかるとおり、試行錯誤を経ての上達は人間のあらゆる能力を動員した営みで、複雑きわまりない。ここに書き出したいずれか(または複数)に欠陥があれば失敗確率へと反映される。
 
 反対に言うと、試行錯誤の成功確率を上げたい人は、これらの要素について再考し、改善や変更できる点については変更したほうが良い、ということになる。認知機能や判断力のたぐいは簡単には変えられないことも多いが、
 
 ・試行錯誤の方法を誰からも教わっていないない
 ・自分の手癖や性質への無理解
 ・ロールモデルの欠如
 ・時間や経済力といったリソース積立の認識不足
 ・睡眠不足などの精神的な実行能力への無配慮
  
 などが足を引っ張っている場合には対処の余地は大きい。特に若い人の場合、認知機能や判断力も含めて伸び代は大きいと思われる。
 
 

*1:発達障害と診断された最も極端な人達だけを例外と考えるのは、臨床的整理の意味では理に適っていても、現実の人間の凹凸の手触りを確かめるには適さない。人間の精神には、拭いがたく凹凸がある。それを恰好つけて呼ぶなら精神病理、あるいは魔術回路ということになろうけれど、病理などと呼ぶほど大層なものでもない。

シロクマ(熊代亨)の著書