シロクマの粘土板

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p_shirokumaの血肉になった「3冊」+α

 
 はてなーの血肉となった3冊を教えて欲しい
 
 いいですね、こういう、何かを語らせたい欲求を刺激する文章って。つい、書きたくなってしまう。逆らえない。釣られクマー。
 
 どうやら紙媒体が前提っぽいので、『新世紀エヴァンゲリオン』等は外すことにして。自分自身に影響を与えた本を3つ挙げろと言われると、結構迷う。6つとか、7つのほうが連想しやすかったかもしれない。でも、とりあえず挙げてみると、
 
 

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

 
 高校生ぐらいの頃に初めて読んだ。どう考えても深い影響を受けている。ヤン、ロイエンタール、ビッテンフェルトあたりには憧れていた。間近に存在しないタイプの憧れや高貴さのロールモデルを牽引してくれたのは、彼らだったと思う。私はどちらかといえば帝国贔屓だけど、同盟の面々も捨てがたい。ヨブ・トリューニヒトの生と死は、娑婆世界のある部分を体現していて貴重だ。
 
 田中芳樹という人の、(『マヴァール年代記』以降の)脳汁の70%ぐらいは、この本に費やされているんじゃないかと個人的には思っている*1。外伝も、1巻・3巻はとてもいい。外伝で一番好きな登場人物はベーネミュンデ侯爵夫人。
 
 
消費社会の神話と構造 普及版

消費社会の神話と構造 普及版

 
 私にとって、哲学・思想系の技術ツリーの根っこのほうに位置している一冊。ある日なんとなく書店で手に取ったら予想以上に親しみやすく、ウィットがいやらしくも楽しく、強い興味をそそり、たちまち虜になった。それまでも哲学・思想の書籍には一応手を伸ばしていたけれども、本のほうからこちらに手を伸ばしてきたというか、自分の血肉と繋がった感覚に陥ったのはこの一冊が最初だった。ここからもう一度古い時代に遡ることにもなった。
 
 この本と『シミュラークルとシミュレーション』は、現代のあらゆる現象に適用できるようなものではない。でも、コンテンツやサービスの領域には、今でもかなり当てはまるというか、参考になるところはあると思う。東浩紀さんの『動物化するポストモダン』を読んでしばらく経った頃に購入したので、そちらが先祖といえば先祖かもしれない。
 
 
進化と人間行動

進化と人間行動

 
 最後の一冊を、精神分析系の本にしようか迷ったけれども、こちらを選択。私が進化生物学や進化心理学に興味を持つようになった最初のきっかけになったのは、この本だった。この、教科書然とした本を勧めてくれたのは、こちらに登場する「クズ君」だった。「騙されたと思って読んでみて欲しい」と言われて読み、あっという間に虜になった。
 
 進化生物学や進化心理学は、新しい学問なのでスピードが速くしばしば間違いが訂正されるので、この本に書いてあることを(2014年に)鵜呑みにして良いかはわからない。けれどもスタート地点としては素晴らしい教科書だったと思う。これ以前にドーキンス他の書籍に触れたことはあったけれども「あっ、この学問はなるべく追いかけておいたほうが良さそうだぞ」と思えるような体験になったのは、やはりこの本だった。
 
 私が精神医学や人間について書く際、進化生物学や進化心理学を直接引用していることはあまり無い。けれども、これらの学術体系への目配りは欠かさないようにして、なるべく逆らわないように心がけている。精神分析的な話の際も、進化生物学に大きく矛盾する話は避けるか、折り合いがつく恰好に脳内変換してから。まあ、そのせいで一部の精神分析的な話とは相性が悪くなってしまったけれども、それは仕方のないことだ。
 
 

 
 ……これで一応三冊だけど、他にもどう考えても「血肉になった」、というより「骨格になった」書籍が幾つかあるので、ついでにまとめてみる。
 
 
 ・仏教
 
わかる仏教史

わかる仏教史

 2001年頃に、蝉丸Pさんがお勧めしてくれた書籍。私の場合、これが仏教思想体系を見渡す最初の一歩になった。蝉丸Pさんとのネット上での遭遇は、書籍や教えも相まって、人生にかなりの影響を与えてくれたと思う。このあたりも繰り返し読みまくったし、お勧めされていた仏教書は可能な限り読み進めた。
 
 この場合、血肉になった「書籍」というより「ネットのひと」かもしれないけれども、とにかく蝉丸Pさんに巡り合わなかったら、私は仏教をもっと軽視していたかもしれない。
 
 
 ・小説
 
こころ (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

 
 ノベルスやライトノベルを別にすれば、人生にべったりくっついて離れない小説No.1は『こころ』だった。まだ若かった頃は太宰治に影響をうけたつもりだったけれども、どちらかというと私のほうが太宰治に近づいていったのであって、太宰治が私を手繰り寄せたとか、太宰治から影響を受けたわけではなかったことが後日判明したので、太宰治はパス。ドストエフスキーは出会うのが遅すぎたのでこれもパス。
 
 夏目漱石の小説は嫌いなものは嫌いで、『吾輩は~』や『坊ちゃん』は駄目だったけれども、『それから』『三四郎』『こころ』は不思議な読後感だった。そのなかでは『こころ』が一番しつこく食い下がり、読むたびに読後感がガラリと変わり、今も本棚の一角で危険なオーラを放っている。
 
 
 ・格言集
 
運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)

運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)

 
 高校生ぐらいの頃から、なんとなく格言集を集める習性があって、枕元には幾つも用意していたけれども、そのなかで一番読んでいたのはこいつ。次点は、芥川龍之介の『侏儒の言葉』で、この二つが他の追随を許さなかった。
 
 
 ・精神分析
 
精神分析セミナー 5 発達とライフサイクルの観点

精神分析セミナー 5 発達とライフサイクルの観点

 
 コフートの『自己の修復』系と、エリクソンの『幼児期と社会』系のどちらのスターターが重要かなと思ったけれども、出会った時期的は後者のほうが先なので、こっちを挙げることにした。
 
 ライフサイクル論を引用しつつ、心理療法のコツ・臨床上の注意点などいろんな事が書いてある。岩崎学術出版の一連のシリーズは良い古典だと思う。研修医の頃に読んでも十分に面白かったけれども、再読しても色褪せない。「ああ、これはこういう意味だったのか!」と気づくことも多いし、書かれた頃の状況を顧みるにも向いている。全てはここから始まった。
 

 
 私の場合、これらの書籍が変化のはじまりになったけれども、何の書籍がスタート地点なのかは、人それぞれなんだと思う。でも、せっかく良い出会いがあったなら、それ一冊で終わってしまうのではなく、最大限に利用するつもりで芋づる式に本を漁ると、一層面白みが増して世界が広がっていいように思う。
 
 若い頃に、こういう本に出会えて本当に良かった。とっくに自分自身に埋もれてしまったけれども、これらに出会わなかったら、きっと私の脳内シナプスの織物は違っていただろう。それとも……いつかは出会う必然があったのだろうか。なんにしても、これらが私の血肉(の一部)です。
 

*1:残りはどこに行ったのかって?大半は『アルスラーン戦記』じゃないでしょうか

シロクマ(熊代亨)の著書